リード|金利が上がることより、その先に何が起きるかが重要
「金利が上がれば、企業の倒産や廃業が増えるのではないか」
長期金利の上昇をニュースで見ると、こうした不安を感じる人もいるでしょう。
確かに、金利が上昇すれば企業の借入コストは増えます。特に、利益率が低く、借入への依存度が高い企業ほど影響を受けやすくなります。
しかし、金利上昇を「企業にとって悪いこと」とだけ考えると、日本経済が抱える別の問題を見落としてしまいます。
それは、企業の新陳代謝が十分に進んでいるのかという問題です。
新しい企業が生まれ、成長する企業が規模を拡大し、役割を終えた企業から資本や人材が次の分野へ移っていく。
こうした動きが活発になれば、
企業の新陳代謝
→資本・人材の移動
→生産性向上
→賃金上昇
→所得増加
→消費拡大
という循環が生まれる可能性があります。
これは企業経営だけの問題ではありません。
60代になってから再び働くことを考える人、復職や副業を目指す人、就労支援制度を利用する人にとっても、**「どの企業で、どの分野で、どのように働くか」**という問題につながっています。
本記事では、金利上昇を入口として、日本経済の企業の新陳代謝と、最終的に働く人の所得がどう変わるのかを考えます。
1.なぜ金利上昇を「企業の倒産」だけで考えてはいけないのか
金利が上昇すると、企業が銀行などから資金を借りる際の負担は大きくなります。
特に影響を受けやすいのは、
- 借入金が多い企業
- 利益率が低い企業
- 資金繰りに余裕がない企業
- 成長投資による収益改善が難しい企業
などです。
そのため、
金利上昇→借入負担増加→企業業績悪化→倒産・廃業増加
という経路は確かに考えられます。
しかし、ここで視点を一段階広げてみる必要があります。
企業が退出した場合、その企業で働いていた人や使われていた資本は、その後どうなるのでしょうか。
重要なのは、企業の退出そのものではありません。
退出した資本や人材が、次にどこへ移動するのか
という問題です。
成長企業や成長産業へ人材が移れば、そこから新しい価値が生まれる可能性があります。
つまり、企業の退出は、それだけを見れば「縮小」ですが、経済全体で見れば「資源の再配置」になる場合があります。
2.日本経済の課題――企業の「新陳代謝」
開業する企業と退出する企業
日本経済について考える際、見逃せないのが企業の開業と廃業です。
政府資料では、日本の企業の開業率・廃業率は欧米諸国などと比較して低い水準にあることが指摘されてきました。
ただし、国によって統計の定義や対象が異なるため、数字を単純に比較することには注意が必要です。
ここで重要なのは、特定の国と数字を競うことではありません。
日本では、
新しい企業が生まれる動き
と
既存企業が市場から退出する動き
の双方が相対的に弱いという構造をどう考えるかです。
企業が長く存続すること自体は悪いことではありません。
むしろ、地域の雇用や取引先を支える企業が存続することには大きな社会的価値があります。
問題は、企業の存続と経済全体の成長が、必ずしも同じではないことです。
3.「企業を守ること」と「働く人を守ること」は同じなのか
ここは、この問題を考えるうえで非常に重要なポイントです。
企業を存続させることは、そこで働く人を守ることにつながります。
しかし、企業を存続させれば、必ず従業員の所得が増えるわけではありません。
例えば、利益率が低く、賃金を十分に引き上げられない企業が長期間存続した場合、
「会社は残っているが、働く人の所得は増えない」
という状況も起こり得ます。
反対に、企業が事業転換したり、M&Aによって別の企業と統合されたり、従業員が成長分野へ移動したりすることで、より高い付加価値を生み出せる場合があります。
したがって、
企業を守ること
と
働く人の将来を守ること
は、常に同じ意味ではありません。
ここに企業の新陳代謝を考える難しさがあります。
4.低金利にはメリットがある。一方で副作用もある
長期間の低金利には、明確なメリットがあります。
企業は資金を調達しやすくなり、設備投資や事業継続を行いやすくなります。
景気が弱い局面では、低金利が企業や家計を支える役割を果たすこともあります。
一方で、低金利が長期間続けば、収益力の低い企業でも事業を継続しやすくなる可能性があります。
ここから「ゾンビ企業」という議論が生まれます。
ただし、ここでも注意が必要です。
赤字や低収益だからといって、すべての企業が不要なわけではありません。
一時的に業績が悪化しているものの、
- 技術力がある
- 顧客基盤がある
- 経営改善の余地がある
- 事業転換が可能である
という企業もあります。
したがって必要なのは、
再生できる企業を再生させること
と、
成長が難しい企業から人材や資本が次の分野へ移動できること
の両立です。
5.長期金利の上昇は「企業選別」を促す可能性がある
金利が上昇すると、企業は資金調達について、これまで以上に慎重な判断を迫られます。
例えば、
「この設備投資は本当に必要なのか」
「この事業を継続する意味はあるのか」
「新しい事業へ転換できないか」
「他社との連携やM&Aを検討すべきではないか」
といった判断です。
つまり金利は、単なる金融市場の数字ではありません。
企業経営者にとっては、資本をどこへ配分するのかを考えるための重要なシグナルでもあります。
ただし、
金利上昇=企業淘汰=日本経済にプラス
と単純化することもできません。
急激な金利上昇によって、本来なら成長できる企業まで資金繰りに苦しむ可能性があるからです。
重要なのは、金利上昇そのものではなく、企業が変化に対応できる経済環境を同時につくれるかどうかです。
6.本当に重要なのは「企業」ではなく「人材の移動」
この問題を60代の生活者という視点から見ると、見え方が変わってきます。
例えば、ある企業が事業縮小を行ったとします。
企業だけを見れば、
「雇用が失われた」
というマイナス面が目立ちます。
しかし、その人材が別の企業や成長分野へ移り、そこで以前より高い付加価値を生み出せれば、経済全体では別の結果になる可能性があります。
もちろん、現実には簡単ではありません。
年齢、経験、健康状態、職業能力、地域、通勤条件などによって、転職の難しさは大きく異なります。
特に60代の再就職では、若い世代とは異なる課題があります。
だからこそ、
企業の新陳代謝だけでは不十分です。
必要なのは、
企業の新陳代謝
+
職業訓練
+
再就職支援
+
副業・兼業
+
就労支援
+
地域の雇用機会
という、人が移動できる環境です。
7.60代からの再スタートにもつながる「経済の新陳代謝」
「60代リスタートラボ」が扱っているテーマの一つが、60代からの働き方です。
60代になってから、
- もう一度働きたい
- 収入を増やしたい
- 副業を始めたい
- これまでとは違う仕事をしたい
- 就労支援制度を利用したい
- 自分に合った働き方を探したい
と考える人はいます。
こうした個人の再スタートも、日本経済全体の人材移動と無関係ではありません。
企業側が変化する一方で、働く側も自分の経験や能力を別の場所で活かすことがあります。
つまり、
企業の再編
と
個人の再スタート
は、一見すると別の問題に見えて、実は「人材をどこで活かすのか」という共通のテーマを持っています。
これは60代だけの問題でもありません。
復職を目指す人、副業を始めたい人、障害福祉や就労支援制度を利用する人、転職を考える人にも共通する問題です。
8.生産性向上は、最終的に賃金につながるのか
企業の新陳代謝を進める目的を「倒産を増やすこと」と考えると、議論が行き詰まります。
本当の目的は、人材と資本をより高い付加価値を生み出す場所へ移動させることです。
例えば、
低生産性の仕事
↓
人材・資本の移動
↓
成長分野への集中
↓
付加価値の増加
↓
企業収益の改善
↓
賃金上昇
という流れが実現すれば、企業の変化は働く人にとっても意味を持ちます。
ただし、生産性が上がれば必ず賃金が上がるとは限りません。
企業利益、労働市場、賃金交渉、物価、税・社会保険料など、さまざまな要因が関係するからです。
だからこそ、最終的に確認すべきなのは、
「企業が成長したか」だけではなく、「働く人の実質的な所得が増えたか」
という点です。
9.名目賃金ではなく「実質所得」を見る
仮に給料が増えても、物価がそれ以上に上昇すれば、生活者の購買力は低下します。
例えば、
賃金+3%
物価+5%
なら、名目上は給料が増えていても、実質的な購買力は低下します。
反対に、生産性向上によって賃金が上昇し、物価上昇を上回る所得増加が実現すれば、生活者の余裕は大きくなります。
これは60代の生活設計にとっても重要です。
再就職、副業、就労支援などを考える場合でも、
「仕事があるか」だけではなく、「その仕事によって生活をどこまで安定させられるか」
を見る必要があります。
経済政策を考える場合も同じです。
最終的な評価軸の一つは、企業の数字だけではなく、生活者の実質的な所得と生活の安定に置くことができます。
10.政治を見るときも「誰を守るか」だけでなく「所得をどう増やすか」を見る
企業再編や金利政策は、最終的には政治とも関係します。
ただし、特定の政党を支持するかどうかという問題とは分けて考える必要があります。
各政党には、
- 減税
- 社会保険料負担
- 賃上げ支援
- 成長投資
- 中小企業支援
- 雇用政策
- 社会保障
などについて、それぞれ異なる政策があります。
読者が政治を考える際には、政党名だけを見るのではなく、
「その政策によって、働く人の可処分所得はどう変わるのか」
「企業の生産性向上につながるのか」
「雇用を失った人が次の仕事へ移れる仕組みはあるのか」
「60代や就労支援を必要とする人にも効果が届くのか」
といった具体的な論点を見ることが重要です。
政治についての結論は、読者一人ひとりが政策を比較したうえで判断すべきでしょう。
この記事で重視したいのは、政党の評価ではなく、**「企業の変化を、働く人の所得向上につなげられる経済構造をどうつくるか」**という問題です。
11.『ロスジェネの逆襲』から考える「会社」と「働く人」
企業再編と働く人の関係を考えるとき、池井戸潤氏の『ロスジェネの逆襲』を思い出す人もいるでしょう。
テレビドラマ「半沢直樹」の原作シリーズの一つとして知られる作品です。
作品では、企業買収や経営戦略、銀行と企業の関係などを背景に、企業社会の競争が描かれています。
ここで注目したいのは、
「会社を守れば、それで働く人も守られるのか」
という問いです。
企業の存続は重要です。
しかし同時に、
「その企業で働き続けることが、従業員にとって本当に最善なのか」
という視点も必要になります。
企業が再編されることで、新しい事業が生まれることもあります。
働く場所が変わることで、以前より能力を発揮できる人もいます。
フィクションを現実の経済政策にそのまま当てはめることはできません。
それでも、この作品は「企業の論理」と「働く人の未来」を考えるきっかけになります。
12.「淘汰」ではなく「再スタート」という視点
ここまでの議論を、私は「企業の淘汰」という言葉だけで表現したくありません。
むしろ重要なのは、
企業にとっても、働く人にとっても、再スタートできる経済
です。
成長できる企業は成長する。
事業転換できる企業は変わる。
他社との統合によって可能性を広げる企業もある。
事業を終了する企業があっても、そこで働いていた人が次の仕事へ移れる。
そして、新しい企業が生まれる。
この循環があれば、企業の退出は単なる「終わり」ではなくなります。
それは、次の企業や次の仕事への入口にもなります。
13.日本経済に必要なのは「動ける仕組み」
企業の新陳代謝を進めるだけでは不十分です。
本当に必要なのは、人と資本が動ける仕組みです。
そのためには、
- 新規企業が生まれやすい環境
- 事業承継やM&Aの活用
- 再就職支援
- 職業訓練
- 副業・兼業の環境整備
- 高齢者の就労機会
- 障害者の就労支援
- 地域の雇用機会
- 企業の生産性向上
などを総合的に考える必要があります。
これは若者だけの問題ではありません。
60代から働き方を変える人にとっても、重要な問題です。
14.私が注目したい「金利上昇の先」
金利上昇だけを見れば、
「企業にとって苦しくなる」
という結論になりがちです。
しかし、その先まで考えると、別の問題が見えてきます。
金利上昇
↓
資金調達コスト上昇
↓
企業の経営判断が厳しくなる
↓
事業転換・再編・退出
↓
人材・資本の移動
↓
成長分野への集中
↓
生産性向上
↓
賃金上昇
↓
実質所得の増加
↓
消費拡大
↓
新しい企業・産業の成長
もちろん、これは自動的に実現するシナリオではありません。
途中で企業倒産が増えたり、雇用が失われたり、物価上昇によって実質所得が減少したりする可能性もあります。
だからこそ重要なのは、金利上昇そのものを評価することではなく、その変化に社会がどう対応するかです。
まとめ|「会社を残す」から「人が次へ進める」経済へ
金利上昇は、企業にとって負担になる可能性があります。
しかし、それだけで日本経済にとって悪いとは言い切れません。
重要なのは、
企業の新陳代謝によって生まれた資本と人材が、次の成長分野へ移動できるか
ということです。
そして、その変化が、
生産性向上
→賃金上昇
→実質所得増加
→消費拡大
→企業成長
という循環につながるかどうかです。
この視点に立つと、企業の廃業や再編を単純に「悪」と見ることも、反対に「淘汰だから良い」と見ることもできません。
大切なのは、変化によって生まれる負担を誰が受け止め、そこから人が次の仕事へ移れる仕組みをどうつくるかです。
そして、この問題は60代の再スタートともつながっています。
60代になってから再び働く人。
復職を目指す人。
副業に挑戦する人。
就労支援制度を利用する人。
障害や生活上の事情を抱えながら働き方を探す人。
こうした人たちにとっても、「日本経済がどのように人材を動かしていくのか」は決して遠い話ではありません。
企業が変わる。
仕事が変わる。
人が移動する。
その中で、自分自身も新しい働き方を探す。
私は、これも一つの「再スタート」だと考えています。
金利上昇を恐れるだけではなく、その変化を日本経済の構造改革と、働く人の所得向上につなげられるのか。
そこに、この問題を考える本当のポイントがあるのではないでしょうか。
参考資料
企業の開業率・廃業率
所得・賃上げ政策


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